俺にも届いた「君に届け」

t-akata2009-10-24

1クールに一つはいいアニメがあるものです。
まだ全部観たわけじゃないけど、今期もそういう作品に出逢えたようです。


今期の深夜アニメは、前期の「化物語」や前々期の「けいおん!」といった話題性や華々しさは薄く、全体的に続編モノの割合も多いとあってか、あまり良い滑り出しとも言えないようです。
自分で持ち上げた「オトナアニメ」ですら、前期の作品をかなり大きく取り上げており、その前の号のように「これから始まる期待の新番組」にはそれほどページを割いていない印象を受けます。
そんな感じで早くも「不作」の烙印を押されてしまった今期ですが、やはり観てみないといいアニメには出逢えないというのもまた世の理か。


別冊マーガレットで連載中の漫画「君に届け」が、一話にして私の心を掴みました。


以下、思いのままに書き綴ります。
そしたら超長くなりました。
反省はしていない。


高校1年生の「黒沼爽子」は、「長い黒髪」と「陰気な目つき」からくる初見の不気味さから、入学早々「貞子」(リングより)とあだ名をつけられ、周囲から気味悪がられ、クラスの面々から距離を置かれたまま夏休みを迎えようとしていた。
 本人の大人しめで内向的な性格も働いて、「3秒以上目が合うと呪われる」などとにかく疎まれ、その境遇に慣れてしまっていた爽子だったが、「誰とでも分け隔てなく接する」爽やか少年「風早くん」と接していくうちに、「言いたくても言えなかった自分」「踏み出したくても踏み出せなかった自分」から、少しづつ脱皮してゆき、周囲との距離を、とまどいながらもゆっくりと着実に詰めてゆこうとする。


3話までの感想ですが、誤解を恐れず申し上げると
「風早くんが超カッコいい。惚れる。」
です。


周囲から気味悪がられ、遠ざけられて続けている爽子は、そんな扱いに慣れきってしまっていて、そこから抜け出そうとしようにも、あれこれと考えを巡らせてしまい、そのためらいがまたしても他人との隔たりを深めてしまう悪循環の中にいる。
そんな負のループを破ってくれるヒーロー、風早くんがカッコ良すぎるのだ。


だが、彼はどうしてこんなにもカッコいいのだろうか?
周囲の視線をものともせず、「クラスで浮いてる子をほっとけない」という性格から、「貞子」なんていうありがたくないあだ名を付けられて一人も友達を作れていない爽子のことが文字通り放っておけない風早くん。
彼のカッコいい要素と言えば、前述のような「さわやか少年」な事と、マンガのメインキャラとして与えられたレベル高めのヴィジュアル。この2点ほどでしかなく、それ以外は至って普通の要素しか持ち合わせていない。
それなのに、観る者(てゆーか俺)の心をガッシリ掴んで離さないカッコよさは何なのだろうか。


思うに、風早くんをカッコいいと思うのは、素直に考えてみると、爽子と同じような視点で物語の登場人物を見ているからではなかろうか?
「作品自体が主人公のモノローグ中心で描かれているんだから、そう思うのは当然じゃん。」と思われるかもしれないが、残念ながら、それをやろうとして失敗している作品は星の数ほどある。作品が主人公視点で描かれていることを理解できる作品はあっても、実際に感情レベルまで同一化できる作品はそうそうあるものでは無い。
その点、爽子は、観る者が感情移入できる要素を多分に持っており、また物語も感情移入できるように徹底して作り込まれている。誰しも、大して仲良くもないクラスメイトとの会話に踏み出そうとするのは、尋常ならざる勇気を必要とする行為だ。その一歩を踏み出そうとしてあれこれとシミュレーションしたり、悪い結果ばかり想像しては二の足を踏んでしまうことは良くあるし、その悪い結果の受け止め方にしたって、これまたあれこれと拡大解釈して、自分が傷つかないようにするのもまた良くある。「誰もやりたがらないクラスの仕事」を「これでみんなの役に立てるなら」と引き受けようとするのも、「自分がそういう状況にいるならそう考えるよな」と、共感できる。クラスにコミットしたいという願望を、遠回しというか無理やり実現させた気でいる爽子が、哀れなようでいて、とても他人事には思えないのだ。


そんな風にどっぷりと「行きたくても行けない」爽子に感情移入しきったところに風早くんが現れて、ポンと背中をひと押ししてくれる。それも物理的にではなく、大事な場面でフラッシュバックとして爽子の頭の中に響くのだ。そして、爽子はその言葉に後押しされて一歩を踏み出し、その結果、クラスメイトとの距離が少しだけ縮まる。そしてその先に、まるで「ご褒美」と言わんばかりの風早くんの超さわやかな笑顔があるのだ。


うん。これでは惚れるなと言う方が無理だ。


ここには実に巧妙な物語の仕掛けがあって、爽子にしてみれば「みんな風早くんのおかげ」なんだけど、実際のところはすべて爽子のアクションによって人間関係が変化している。風早くんは、爽子が思い描いている理想形として存在しているだけで、爽子がその理想を目指すがゆえに、彼の言葉が爽子を勇気づけ、行動に至らせるのだ。その結果が良い方向に出た上に、風早くんはそれを全面的に評価して認めてくれる。自分のコンプレックスを克服し、殻を破って、爽子は自分自身の存在と成長を確かなものとできる。平凡な高校生活を描いていながらこれほどのカタルシスを生み出せる作品はそうそう無いだろう。


さらにもう一つの仕掛けとして、「周囲の成長」も挙げておきたい。この作品は、基本的には主人公・爽子の物語なのだが、爽子が自身の成長によってクラスメイトたちと打ち解けるということは、同時に「黒沼さんって、思ってたほどじゃなかった」と「貞子」に対する先入観を払拭することと表裏一体なのだ。それまでの爽子の容姿、「貞子」という言葉のイメージ、数々の噂といった情報から作られた認識を改め、爽子という個人の人格を捉えなおすという行為は、やはり大人になっていく上で大切な視点の一つを獲得する「成長」と言うことができる。
考えてもみれば、我々は「貞子っぽい」人物が職場なり友人なりの中に加わったとしても、いきなり「貞子」と呼んで気味悪がったりしない。「常識の範囲」で対等に接することができる。そういう視点をどこで獲得したかは覚えていないが、こうしたことを積み重ねた結果が現在のような「常識の範囲」を作っているのだろう。そこから翻ってもう一度物語を俯瞰してみると、「君に届け」は「中学までは単純に『変な子』を遠ざけるだけだったけど、心の成長とともに『変な子』も受け入れられるようになった」生徒たちの物語でもあるわけだ。


爽子が「勇気を出して一歩踏み出す」という成長のドラマと、周囲が「今までの認識を改めて、それに応える」という成長のドラマ。彼ら彼女らの間にある見えない壁が解きほぐされ、あたたかな奇跡となって爽子にふりそそぐ。それが「君に届け」の魅力なのではないかとしみじみ思ったわけです。
 

 というわけで、今期のおすすめは(もともとすすめられた作品だけど)「君に届け」。
 とりあえず理屈はいい。
風早くんがマジカッコいい。
 あと、日テレの新人アナウンサーって大変そう。